IE9ピン留め

中山康樹『マイルス・デイビス 青の時代』(集英社新書)

期末で、たいへん忙しい。さすがに、一日一冊本を読む、という日課が崩れている。2日に新書を一冊程度か。仕事の必要で読む本は多いのだが、そうした本はただの「資料」なので、この日記につける「読書」には当たらない。

■最近、中山康樹が、マイルス・デイビスをめぐる評論を、新書で次々と出している。出版社はすべて違うが、4冊でシリーズとして完結する構成になっているようだ。現在は3冊までが出版されている。3冊まとめ買いした。
今日は、初期の、アルバムでいえば『カインド・オブ・ブルー』を頂点とする時期について書かれた『マイルス・デイビス 青の時代』(集英社新書)を読んだ。
この時期のマイルスを読み解くために重要な人物として、著者はチャーリー・パーカーとアーマッド・ジャマル(ピアノ)の名前を挙げる。このふたりの人物―音楽との関わりから、マイルス特有の≪ミュートの多用とミュートへの固執、そのミュートによって生み出されたと考えられる独特のタイム感覚と空間を活かしたアプローチ(後者はマイルスのみならずグループとしての表現にまで応用される)≫が生まれた。
この本では、コルトレーン、モンク、ギル・エヴァンスらとの関わりを描きつつ、マイルスの第一期セクステッドが形成されるまでが追われている。

ともあれ、マイルスの音楽を「身体に入れる」ために、集中してアルバムを聴き、必要な文献を読み込むことにしよう。

# by gyuangyuan | 2010-03-25 00:02 | 音楽

『マッピー』用ボーダー

川上未映子『ヘブン』(講談社)

日記をつけようとパソコンの前に座ると必ずポンタが膝に乗ってくる。猫タワーでくつろいでいても、床で寝そべっていても、おれがパソコンの前に座ると必ずトトトッと走りよってきて、ピョンと膝の上にのぼってくる。喉を撫でてやると、気持ちよさそうにゴロゴロ喉を鳴らすので、そのまま膝の上から追いやることもできなくなり、可愛いなあ可愛いなあとしばらくそのままポンタの全身をマッサージして過ごす。30分もそうしていると、満足したのか飽きたのか、膝から飛び降りてノソノソ歩き去っていく。

川上未映子『ヘブン』(講談社)を読む。
川上未映子の文章は、彼女が芥川賞を取る前、まだブログ日記が単行本(『そら頭はでかいです、世界がずこんと入ります』)として発売される前からのファンだった。
おれは関西弁のガールズトークフェチなのだが(なので谷崎の『細雪』などは何度読んでもゾクゾクするのだが)、『先端で、さすわさされるわそらええわ』『乳と卵』も、それぞれ二度ずつ読んで、とにかくあの関西弁を織り込んだ飛躍と転調と切断に満ちた文体に中毒していたのである。
『ヘブン』では、おれが中毒していたその文体は封印されて、たいへんにリーダブルな文章でほとんどウェルメイドと形容したくなるような整った物語が紡がれており、おれとしては川上未映子に期待していた「それ」を満たされずにスカされたような物足りなさを感じはしたものの(そうした物足りなさを感じるだろうなあ、と思って今まで読まずにいたのだが)、いや面白かった。

■主人公は学校でいじめられている「斜視」の「僕」。小説の冒頭で「僕」は、やはりいじめられている「貧乏」で「汚い」女の子「コジマ」に、手紙の交換をもちかけられ、それを受け入れる。物語は、「僕」と「コジマ」の手紙のやりとりを軸に進んでいく。
「僕」をいじめているのは、「クラスの中心的な存在」である「二ノ宮」とその取り巻き連中だ。「二ノ宮」について描写された箇所を引く―≪学年でスポーツが一番できて、成績も優秀で、誰が見てもきれいだと思うような端正な顔つきをしていた。いつもひとりだけ違う色のセーターを着て、髪を肩のあたりまでのばしていた。そして色々なことに顔のきく三つうえの兄がいて、この兄弟は学校のなかでも有名だった。それだけで二ノ宮は特別な雰囲気をまとっていて、まわりは二ノ宮と仲良くなりたいと思う生徒でいつもいっぱいだった。中学に入ってからは長い髪をひとつにくくり、冗談を言ってクラスの女子をよろこばせ、女子だけじゃなくて二ノ宮が冗談を言うとそこにいる誰もが笑った≫。
う、ううむ、これはなんというか、ほとんど自分のことを描かれているようだ(二つ上の兄はいないし、長髪を一くくりにもしていないが)、と感じる。
もう一人、重要な脇役、「百瀬」の登場は、こんなふうに描写されている―≪百瀬は学校でいつも二ノ宮と一緒にいたけれど、口数は少なく、クラスメイトたちと一緒になって騒いでいるところなんかは見たことがなかった。くわしい理由は知らなかったけれど、体育の授業をいつも見学していた。二ノ宮ほどではないにしても、百瀬も誰が見てもハンサムの部類に入る顔をしていて、ふたりとも僕より十センチ以上も背が高かった。百瀬はいつもなにを考えているのかまったくわからないような表情をしていた。苛めるときも僕に直接なにかをすることはなく、いつも少し離れたところから腕を組んで立って見ているという感じだった≫。
いや、こっちも、おれだよな、なんかこれ(体育は休んでなかったけど)、と感じる。
そうだ、少年時代のおれは、あきらかに「二ノ宮」「百瀬」といういじめっこ側の人間だった。

いじめっこの側のロジック、というか感受性のようなものを、小説の後半で、「百瀬」がこんなふうに語る場面がある。
≪「なあ、世界はさ、なんて言うかな、ひとつじゃないんだよ。みんながおなじように理解できるような、そんな都合のいいひとつの世界なんて、どこにもないんだよ。そういうふうに見えるときもあるけれど、それはただそんなふうに見えるというだけのことだ。みんな決定的に違う世界に生きているんだよ。最初から最後まで。あとはそれの組み合わせでしかない。(中略)
その組み合わせのなかでさ、僕たちの側で起こっていることと、君の側で起こっていることは、一見つながっているように見えるけど、まったく関係のないことでもあるんだってことだよ。そうだろ?たとえば君は目が原因で苛めを受けていると思っていた。でもそんなのは僕にとってはまるで関係がないことだった。君が受けている眠れないくらいの苛めは、僕にとってはなんでもないことだ。良心の呵責みたいなものなんてこれっぽっちもない。なんにも思わない。僕にとっては苛めですらないんだよ。僕と君に限ったことじゃなくて、考えてみればみんなそうじゃないか。思い通りにいかないことしかないじゃないか。自分が思うことと世界のあいだにはそもそも関係がないんだ。それぞれの価値観のなかにお互いで引きずり込みあって、それぞれがそれぞれで完結してるだけなんだよ≫

ここで言われていることが、特に偏っているとは感じない。若い頃のおれがいかにも言いそうな理屈である。いや、おそらく、ここで言われていることは、この世界を覆っているある常識的な価値観を、とても正直に表現している。

そうした価値観に覆われた世界のなかで、「コジマ」はひとり身を汚し、その世界の在りように対抗しようと意志する。
「コジマ」の信仰者を思わせる偏執が、この世界の酷薄さを逆照し、「普通の」人々の姿を異様な様相として浮かび上がらせる。
「コジマ」の書く手紙を引用する。
≪そういえばわたしはこのあいだ、ついにお母さんの新しい人(時間的にも年齢的にも、思えば全然新しくないのですが)と、言いあいというよりも、ちょっとしたことがあって、そのついでにわたしがわたしの思っていることを言ってしまった、というだけのことなのですが。でもあの人はなんだかわけしり顔で、なんでもわかってるんだというような雰囲気で笑いながらきいているのだから、あんなに悔しい気持ちもなかったのです。けれどわたしは腹をたてながらも、そんなふうにうす笑いをうかべながら人の言葉をきいて、てきとうな説教をしてそれでとても満足そうな顔をしている新しい人を見ていると、この人には、これまでに大事なことを考える機会がきっとなかったのだな、とそう思ったのでした。
そう思うと、なんだか淋しい気持ちになったりしました。そしてそれは、なんだか彼の責任ではないような気がしたのです。だからわたしは、許そうと思ったのです。この人だってあるいは犠牲者なんではないかと、そんなふうに思ったりしたのです。
じつは、学校のみんなにたいしてだって、わたしはだんだんおなじように思えてきています。わたしがあの子たちの犠牲者だとしたら、あの子たちもまたなにかもっと大きなものの犠牲者なのじゃないかと、そう思ったりもするのです。≫


■読後、ドストエフスキーの小説を連想した(倫理的な主題をめぐってそれぞれに異なった複数の声が等価に交わされる多声的なテクスト)。

# by gyuangyuan | 2010-03-19 00:07 | 小説・エッセイ

『マッピー』用ボーダー

村瀬学『「食べる」思想 ―人が食うもの・神が喰うもの』(洋泉社)

村瀬学『「食べる」思想 ―人が食うもの・神が喰うもの』(洋泉社)を読む。
著者とタイトルを見て、以前、鎌田東二が「人間というのは、最終的に“神様に美味しく食べて頂くために”生きているのではないか。人生とは自身を神の食べ物として調える過程に他ならない」という旨のことを語っていたのを思い出した。おそらく、「供犠」「カニバリズム」「トーテミズム」のテーマ系をめぐって、思索が進められているのだろう、―そう見当をつけて読み始める。

人が食べ物を「一口サイズ」に切り分けて食べる、ということと、人が環界を言葉によって分節する、ということを、著者は類比的に捉え、そこに人が人として存在するその様式を見ている。

≪人間が「食べる」際に実践してきたこと、つまり、食べ物を―小さくし―口に入る大きさに―加工するという過程は、同時に、世界を―小さくし―口で語れる大きさに―加工するという「言葉」を生み出す過程と深く連動していたのである。「一口サイズ」の問題は、ただ「食べるものの大きさ」を「口」に入るように「小さく」することだけを言っていただけではなく、実は「世界の大きさ」を「口」で語れるように「小さく」することも連動していたのである。つまり「食べる」ことは、それほどまでに「語る」ことと不可分なものとしてあったのである。
ということは、「人間的に食べる者」は「言葉」を使うということでもあった。「人間的に食べる者」とは、生肉にかぶりつくものではなく、「肉」と「血」を分けて食べる者のことである。つまり「食事」や「作法」として「食べる」者である。そして実は「供犠」を要求する「神」も、そうした「食事」や「作法」を要求する者であり、それは「言葉」によってそうするものである。それ故に、そういう「食べる神」はまた「言葉を語る神」でもあったのである。
だからアブラハムに「神」は語りかけた。その神は「食べる神」だったからである。≫


言葉によって分節された世界、その秩序の根源には、「神が人を喰う」供犠(その現われとしてのカニバリズム)がある。
人が、動物を「食べもの」として切り分け、自らを「食べられるもの」として「供犠」を執り行うこと。そのように食べ―食べられる象徴体系に棲むことが、人が人として存在する、ということなのである。

# by gyuangyuan | 2010-03-17 22:50 | 思想

『マッピー』用ボーダー

福田和也『アイポッドの後で、叙情詩を作ることは野蛮である。』(扶桑社)

曇天。午後から雨が降り出した。憂鬱である。限りなく黒に近い灰色の気分。いっそどす黒い気分にまで落ちるとそれはそれで爽快なのだが、中途半端にぐずついた感じのまま持ち堪えている。時間が経つごとにじわじわと沈んでいき、それでも底に到ることなく、ただ圧だけが強くなっていく。それでもなおおれは、そんな自らの惨状を、ただ興味深げに眺めている。

福田和也『アイポッドの後で、叙情詩を作ることは野蛮である。』(扶桑社)を読む。
福田和也がゲストとともに(時にカメラをもって)街を徘徊するその記録と、小林秀雄、永井荷風、吉田健一ら文学者の行跡、彼らの作品からの引用、ふと吐露される福田自身の感慨、思想、警句―そうした断片がコラージュされた、歌うような語り口の文芸論集である。『en-taxi』に連載された。
福田和也が、文学者の佇まいを切り出すと、そこに必ずセンチメンタルな残響が響く。敢えて言えば「ロマン主義的」なセンチメンタリズム。おれはその響きに酔うような心地を覚える。

■(吉田健一をめぐって)

≪自信という言葉は、あまり正確ではないかもしれない。
位置とか立場とかに関わりなく、自分は自分であるということが、なんらかの強調とか力みを経ることなく、おのずと体の芯にある、そういう充実を持っていることはたしかだ。≫

≪破滅というのは、面白いし、たしかに贅沢なところもある。
けれども、破滅してしまうと、それ以上、呑めなくなってしまうから、それがつまらない。
破滅しないで、ボロボロにならないで、そのうえみっともないことは全部してしまう、というのが一番格好がよい。≫


■(俳人たちをめぐって)

≪石川桂郎の『俳人風狂列伝』には、とんでもない男たちが出てくる。
この連中に比べたら、山頭火も放哉もかわいらしい。
結核が治ったら退院させられてしまう、そうなると寝食に困るというので、深夜重篤患者の痰を痰壷から飲んだという高橋鏡太郎。その末期の一言は、「もう一度いいことないかな」というものだったという。夭折した娘の遺骨を、お経をあげるたびに一片ずつかじり、ついに一片を残して食べてしまったという岡本癖三酔。人並み以上の才気を持ちながら癇癖のために定職につくことができず、屑屋になった田尻得次郎。田尻は、折角もぐりこんだ農業組合で巨額の横領を働き逃走、指名手配された。相良万吉は、一高を中退し、翻訳や校正、岩波書店や中外商業新報(日本経済新聞)での勤務をへて、入営。南方から帰国後、肺を悪くして入院。故郷熊本で炭焼きになり、敗戦後上京してから生活に困り、息子二人と筵一枚で、数寄屋橋の交差点に座った。乞食稼業である。のぞまれれば短冊に俳句を書くというので人気が出たが、警察に追われて場末でゆきづまった。新聞に俳人乞食として記事が出て、かつての同級生市原豊太が面倒を見るようになった。それでも、相良は路傍に座りつづけ、肝臓を患い、二度、自殺を試み、二度目に成功した。
彼らのくすぶりの深さ、その生き方のどうしようもなさは、やはり俳句という魔が作りだしたものに違いあるまい。どのような落魄、どのような窮状にも、俳句は裏切らない。俳句は逃げてはいかない。
無明の苦しみを、一句と取り替えるという、恐るべき取引。けれども、俳句に魅入られた人間は、その取引をいつか恐ろしいとも思わなくなるのだ。≫


■(永井荷風をめぐって)

≪われわれは荷風を生きている。生きざるをえない。
所帯持ちであろうと、独身であろうと、子供があろうとなかろうと、慢性的な孤立のなかで、沈みゆく憂愁と性質の悪い歓楽のみを友として、一人で死ぬためだけに路地をへ巡る。巡りつづけている。
自らのみを高いとし、世間の貪欲を思う様誹りつつ、自らの財布を膨らませるためなら、どんあ不義理も辞さない。ルサンチマンに溢れかえって狷介をきわめてしまい、享楽しか眼中にないのに徳を語り世人を難ずる。変態的な性向を昂じながら房事の数だけ老いさばらえていく。それは止まることはない。ついに死がその手を伸ばしてくれるまで。
荷風散人。悖徳の人。かつて人妻、処女を犯したことなしと遊興を誇った人。
嗚呼、永井荷風、社会の敵。
清貧に甘んじ、名利を求めなかった井上唖々を賞賛した同じ筆で書いた「濹東綺譚」を、朝日新聞に高値で売って縁深い中央公論社を出し抜いた永井荷風。私は貴方の打算を敬おう。
人事不省に陥った関根歌を、精神病だと勘違いして切り捨てた永井荷風。私は貴方の小心を讃えよう。
政府、国家を無用と切り捨て、祖国の敗戦に快哉を叫んだくせに、年金を目当てに文化勲章を貰った永井荷風。私は貴方の無節操に喝采する。
荷風散人は、今日も東都狭斜の巷を下駄を履いて、早足で歩いている。映画から逃れ、ラジオから逃れ、官憲とメディアから逃れ、切り捨てたすべての親族と友と女から、駆け足で去っていく。断腸亭日乗という、改竄された過去だけを伴侶として。
逃げろ、逃げろ荷風。テレビから、新聞から、住基ネットワークと不審尋問から。嫌煙権とエコロジーとチャリティと携帯電話から、逃げつづけろ。名声と冨を手に入れながら、その責任を忌避しつづける。
永井荷風は、現代人にとって避けがたい宿命である。デジタル・カメラを片手に狭い道を歩き、ウェブ・ログに足跡を残す。ソーシャル・ネットワーク・サービスだけが他者の面影を彼に投げかける。行き場もなければ帰る場所もない荷風散人たち。誰もが、荷風の如く、一人ぼっちの落命に向けて歩きつづける。≫

# by gyuangyuan | 2010-03-15 23:31 | 小説・エッセイ

『マッピー』用ボーダー

堀江敏幸『回送電車』(中公文庫)

疲れると内腿の辺りに蕁麻疹が出る。痒い。それにしても蕁麻疹が出るほど疲れるようなことが何かあっただろうか。仕事はすこし慌しかった。重いものを運ぶ機会が重なって筋肉痛になった。寝不足気味の日が続いた。そんな、ひとつひとつはなんてことのない、ちょっとした「無理」が重なって、疲労に凝ったのかもしれない。

堀江敏幸『回送電車』(中公文庫)を読む。
堀江敏幸の著作は、エッセイとも小説ともつかない、不安を孕む静謐な日常を描写するスタイルで、おれの好みのタイプの書き手なのだが、読む機会が合わないまま、まだ三冊しか読んでいない。デビュー作の『郊外へ』、それから『熊の敷石』、そして今回読んだ『回送電車』の三冊だ。『回送電車』のシリーズは、数ページの短い随想が纏められたエッセイ集である。
この短い文章たちの、さらには自身の文業全体の位置取りをめぐって、著者は冒頭に書き下ろされた「回送電車主義宣言」で、「回送電車=居候」としての文学という立場を宣している。
≪特急でも準急でも各駅でもない幻の電車。そんな回送電車の位置取りは、じつは私が漠然と夢見ている文学の理想としての、<居候>的な身分にほど近い。評論や小説やエッセイ等の諸領域を横断する散文の呼吸。複数のジャンルのなかを単独で生き抜くなどという傲慢な態度からははるかに遠く、それぞれに定められた役割のあいだを縫って、なんとなく余裕のありそうなそぶりを見せるこの間の抜けたダンディズムこそ<居候>の本質であり、回送電車の特質なのだ。≫

■リルケは、「域」に敏感な詩人だった。人も物も事も、存在はすべて独自の圏域によって周囲から切り離され、周囲と関わりあっている。
堀江敏幸の文章に、リルケはしばしば引用される。堀江もまた「域」ということに敏感な書き手であると思う。

例えば誕生日について書かれた文章で、堀江はリルケの『マルテの手記』のくだりを引用する。
≪「ほとんど理解できない不思議な経験に最も富んでいるのは、やはり誕生日であった。区別をしないのが人生の常であることは、僕もすでに知ってはいたが、誕生日の朝はやはり楽しい一日を予期しきって起きた」と書いたのは『マルテの手記』(望月市恵訳、岩波文庫)のリルケだが、たしかにその朝は、お祭りやクリスマスなどともまるでちがう気圧のなかにひろがっていたのである。≫
特別の区切られた時間の内部には、普段とは「まるでちがう気圧」が漲っている。幼い頃誰もが感じ取っていたような、その「誕生日の圏域」を思い出せるかどうか。

もう一箇所、小学生の女の子の縄跳び遊びが描写されている箇所を引用する。
≪小学生の女の子たちが、縄跳びに興じている。数メートルほどの長い縄の両端をふたりの少女が握り、それをゆっくりまわして作りあげた見えないバリアの内側へ、わきからひとりずつ、膝を軽く折りながら間合いをはかって飛び込み、別世界の中央で小刻みに足裏を調節して、トン、と一度、あるいはトン、トンと二度小さく跳ね、着地するやいなや今度は真横に身体をはじいて重力圏から脱け出していく。≫
縄が回されるだけのことで、そこにすでに、独自の重力圏が形成されることになる。遊びに興じる子供は、誰もが「圏域」に鋭敏な触覚を備えており、なぜならそもそも遊ぶとはその「圏域」の境界で戯れることに他ならない。

リルケも堀江敏幸も、そうした子供が遊ぶときの感覚を、そのテクストに再現する術を心得ている。

■ジャン=ミシェル・フォロンの絵をめぐって書かれた「無所属の夢」。ここで書かれている「英知としてのユーモア」「無意識の戦略」―ここで言われていることは、ふだんおれが周囲の世界と関係するとき、そうありたいとイメージする身ごなしに近いものだと思う。

≪多木浩二は、フォロン展に寄せた一文のなかで、この画家の特質が「究極的には楽観的であること、破滅からも風化からも眼を背けはしないが、それと運命をともにしないこと」にあると指摘し、それを「英知としてのユーモア」と呼んでいるけれど、この場合の英知とは、ながい経験に培われた人生の教訓ではなく、絶対音感に似た無意識の戦略にほかならないだろう。
いま私が夢想する「旅」とは、他者との遭遇を求める具体的な感情世界の出来事ではなくて、どんな場所にでもおなじ自分を降り立たせる技術の駆使というのに近いかもしれない。厳しいユーモアを抱えた者による、厳しい英知の散布。≫


フォロンの絵に登場する人物のように、この世界に生きることの惨めさ、やりきれなさを、「やりすごして」いきたい。
おれにはその才能がある、と自分でそう感じる。そしてもちろん、堀江敏幸にも、そうした才能があって、そのような人間だからこそ、子供が玩具で遊ぶように、現実を「遊ぶ」ことができるのだろう。
そして、そうした才能は、「絶対音感」に似たもので、だから経験や努力で獲得できるようなものではないのである。

# by gyuangyuan | 2010-03-14 01:07 | 小説・エッセイ

『マッピー』用ボーダー

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